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最高裁判所第三小法廷 昭和35年(オ)941号 判決

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告人の上告理由第一点について。

仮に、所論競売取下の事実、訴外株式会社静神相互銀行(元駿河無尽株式会社)が公売代金の配当要求をせずまた配当がなされなかつた事実および抵当権抹消登記委任状の交付の事実があつたとしても、それだからといつて抵当債権が存在しないと認めなければならないものではないし、また右競売取下行為または会社の内部処理である償却処分が債務者に対する債権の放棄の意思表示であると解することも困難であり、更に、債権者が自ら進んで時効にかかつたとして債権を消滅せしめるということは肯定できないから判示証拠は措信できないとした原判決の判示が、取引の通念に反し、行為の妥当性を否定するとも解し得ない。本件証拠関係に照せば、原判決の、被上告人岡野が公売によつて本件建物の所有権を取得した当時、抵当債務が弁済によつて既に消滅していたと認められる証拠はないとの判断は、首肯するに足りる。所論は、結局、原審の事実認定乃至証拠の取捨判断を非難するに帰するから、採用できない。

同第二点について。

原判決は、抵当権は昭和二六年頃債務の弁済によつて消滅した旨の、第一審および原審証人増島平一郎の証言は、原審証人井倉弥一、同遠藤孝の各証言、成立に争のない乙第二号証に照し措信できず、また抵当債務が時効によつて消滅した旨の右井倉、遠藤の各証言、乙第二号証の記載は措信できないと判断しているが、前段は昭和二六年頃債務の弁済で抵当権が消滅したとの点に関するものであり、後段は抵当債務が時効で消滅したとの点に関するものであつて、その内容を異にするものであり、同一の証拠中別個の事項について、一は措信し一は措信しないからといつて、理由にくいちがいがありまたは理由を付さない違法があるということはできない。なお所論償却処理が債権放棄行為と解さなければならないものでないことは第一点に述べたとおりである。所論はすべて採用できない。

同第三点について。

所論は、民法三八八条は、土地建物の両方が同時に抵当権の目的となつている場合の規定ではないから、右の場合にも類推適用した原判決は、不当に右規定を拡張解釈したものであり、土地所有者の所有権を犯し憲法二九条に違反するものであるという。しかしながら、民法三八八条の適用は、右のような場合でも妨げないことについては、すでに大審院判例(明治三八年九月二二日、同年(オ)第三二七号事件判決、昭和六年一〇月二九日、同年(オ)第八六六号事件判決参照)の認めるところであり、本件においてこれを変更するの要をみない。原判決の解釈は違法でなく、従つて違憲の主張は前提を欠き、採用できない。

次に所論は、民法三八八条の競売に国税滞納処分による公売を含ましめた原判決の解釈適用は違法であり、また憲法二九条に違反すると主張する。しかし、民法三八八条の規定を設けた趣旨は、土地とその上に存する建物が同一の所有者に属し、その土地またはその建物のみを抵当の目的とした場合において、土地建物の一方のみの競売があつたときは、土地建物は各別にその所有者を異にするに至り、建物の所有者は建物所有のため土地使用の権利を有しないこととなり、この結果は建物所有者ひいては抵当権者に損失を及ぼすことがあるばかりでなく、社会経済上も不利益である、というにあるものと解せられ、右の関係は、当該抵当権の実行のために競売が行われた場合でなく、国家等により国税徴収法にもとづく滞納処分により公売が行われた場合でも同様であり、すでに民法三八八条にいわゆる競売には抵当権者でない他の債権者の申立にもとづく、強制競売の場合をも包含する趣旨であると解すること、大審院判例(大正三年四月一四日、同年(オ)第三号事件判決参照)の示すところであるから、これらを併せ考えれば、右公売の場合には民法三八八条を類推適用すべきものと解するのが相当である。しからば右と同趣旨に出でた原判決は正当として是認すべく、所論は結局右と異なる見解に立脚して原判決の違法を主張するものであり、従つて違憲の主張はその前提を欠くに帰し、すべて採用できない。

よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 石坂修一 裁判官 河村又介 裁判官 垂水克己 裁判官 五鬼上堅磐 裁判官 横田正俊)

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